吉田篤弘さんの本よ。まだ20代の頃に「暮らしの手帳」に連載されているのを読んだのが初めての出会いね。私は本をそれなりに持ってるけど、正直繰り返し読む本てほとんどないの。特に物語なんて内容知っちゃってるしね。でもこの本は別よ。心がギザギザしてる時に開くとトゲトゲが丸くなるの。この話が読みたくて暮らしの手帳を買い、連載が終わった時は涙し、単行本になった時は大喜びしたわ。ケチな私が単行本も持っているのに文庫本も購入したわ。そのくらい大好きなお話なのよ。
主人公は古い映画の中のわき役女優に夢中になっているオーリイくんよ。時代の流れに置いていかれがちで、最初は無職で人生に迷走しかけているところに、若かった私は親近感を覚えたのかもしれないわね。彼にはやりたい仕事があって、でも生きるためにはお金が必要だから別の仕事で生活費を稼がないといけないでしょ?そうすると夢を追いかける時間が失われるというジレンマに悩むのよ。当時の私には夢も目標もなくて、その意味では親近感というより明確な夢を持つ彼への憧れの方が強かったかもしれないわね。生きるために好きでもない仕事をしないといけない辛さは私は今でも感じてるわ。働くことによって自分の時間がなくなる焦燥感は今だからこそ痛いほど感じてる。結局本の中の彼は、憧れの職業とは違う仕事に就くのよ。でも彼の天職だと思うわ。そこもいいのよ。憧れの仕事に就くためのサクセスストーリーに心惹かれるほど私は子どもじゃないんだもの。
すべてが好きだからおススメが難しいんだけど、「遠まわり」の話が好きよ。自信家で短気であわてんぼうなお姉さんとのやり取りの話ね。子どもの頃の学校からの帰り道、いつも遠まわりをしていろんな景色を楽しんで帰ってきたお姉さん。お母さんはそんな娘を心配していたの。お母さんは子ども達が成長して自分の時間にゆとりが出来てから自分も遠まわりを楽しむのよ。そんなお母さんを心配するお姉さんの話なんだけどね。昔読んだ時は、パソコンを使いこなすようになって「遠まわり」をやめてしまったお姉さんへのさみし気な問いかけが好きだったわ。今も好きだけど、それ以上にお母さんが遠まわりを楽しんでいるのが嬉しいわ。生きることを楽しむのに遅すぎるなんてないんだわって思えるもの。元気でさえいられればね。
教会の隣のアパートも、最上階に住む大家さんのマダムも、主人公が働くサンドイッチやさんの店主もその息子もみんないいのよね。飛びぬけた善人も悪人もいなくて普通の人が普通の暮らしをしているのよ。でも世界観が優しく穏やかで、ずっとここにいたいなぁって思う物語なの。もちろん登場人物の人生の中にだって、奥さんに先立たれてシングルファザーになったり2回も事業に失敗したり、三度目の正直で始めた商売の売り上げが落ち込んできたり、反抗期の息子に家出されたりと苦労はあるのよ・・・ちなみにこれサンドイッチ屋の店主の話よ。苦労はあるどころじゃないわね。冷静に書きだしたらひどいもんだわ。それでもね、悲壮感漂う感じではなく静かで穏やかな話なの。気づかないくらい薄ーく物語全体が寂しさに覆われているのは、こういう登場人物とつながった人たちが何人か亡くなっているからなんでしょうね。
私の憧れはヒロイン?のあおいさんよ。こんな元気で自立した素敵なおばあさんになりたいわ。一人で映画に行って夜鳴きそば食べに行って(しかも大盛りよ)家では本が読めておいしい物が食べられれば幸せって最高な生き方じゃない!?さらにシングルファザーになってしまった息子と孫に手を貸す余裕もあるのよ。こんなスーパーおばあさんになりたいわ。必死に頑張ってる感じがしなくて、余裕があるのよ。そしておしゃれなんだろうなって思わせる部分もあるわ。当たりまえよ。ありのままの老婆になんて心惹かれないもの。年齢を重ねたらおしゃれは楽しむものではなくて義務なのかもしれないわね。
そして食べ物がおいしそうなの。おなかが空いてくる物語よ。サンドイッチ・ポタージュスープ・ポップコーン・夜鳴きそば・アンチョビ入りサンドイッチ・マダムのスープ・賄いの味噌汁とおにぎり・ロールパン・ジャガイモ入りのオムレツサンド・・・と、おいしい物が毎回出てくるのよ。読むとサンドイッチは絶対に食べたくなるわ。私も毎回レタスとハムと食パンでも買ってきますかねってなるもの。卵はうちにはいつもあるからね。
拠点周辺で一番おいしいと噂のサンドイッチ屋さんに行ったこともあるの。その日たまたま作った人がパンにバターを塗り忘れたのかパンが具材の水分を吸ってブヨブヨになってておいしくなかったわ。買って帰ってすぐ食べたのによ?他の人にもおススメされたけど私はもう行かないわ。やっぱ現実ってクソだわ。もう一軒有名なサンドイッチ屋があるけど怖くて行ってないわよ。これ以上現実に失望したくないもの。サンドイッチは自分で作ることにするわ。
サンドイッチ屋さんの話から上手にスープへつながるのよ。店主の息子が「お母さんのスープ」と記憶していた味が、奥さんを亡くしたばかりの店主が息子のために作ったスープの味だったってところが好きよ。料理になれてない中でおいしくなるように、栄養がとれるようにって工夫された「名前のないスープ」。料理って本当はこういうものだよねと思ったわ。そして毎日「めんどくせーな」って台所に立つ自分を反省したわ。連載されていたものだから一つ一つの話に小さな区切りがあるの。もちろん最初から読んだ方がわかりやすいけど、どこから読んでもなんとなくおもしろいわ。章ごとに小さな完結があって、でもすべてはつながっているのよ。作家ってすごいって感激したわ。
挿絵や装丁が美しくて私は単行本が好きだったけど、もう売ってないのね。残念だわ。古本屋とか行ったら探してみてほしいわ。あったらぜひ手にとって開いてみてちょうだい。文庫本とはまた違う良さがあるからおススメよ。家でじっくり読むなら単行本がいいけど、カバンに入れて持ち歩くなら文庫本の方が軽くて便利だしね。
それからはスープのことばかり考えて暮らした (中公文庫) [ 吉田篤弘 ] 価格:770円(税込、送料無料) (2024/10/29時点) 楽天で購入 |
コメント