ざんねんなスパイって本知ってる?

やもい書房

ざんねんなスパイ

一條次郎さんの本よ。好き嫌いは分かれそうだけどおもしろい本ね。私は好きよ。新潮文庫の100冊の中から一冊買うとステンドグラスしおりがもらえるって見かけて買った本なの。この本も一條次郎さんも今まで知らなかったわ。表紙のかわいらしいリスの絵に惹かれて手に取り後ろの短い説明を読んでおもしろそうじゃないと思い、パラパラと文章を読んでみて読みきれそうと判断して値段と相談。書店で本を購入するときはね、この手順をすべてクリアした本だけが我が家に来るのよ。書店には魔物が住んでいるの。あの空気に流されると自分を賢い人間と思い込んで、どんな本でも楽しく読めると勘違いしてしまうの。そうやって流されて買った本は家に入った途端色あせてつまらなくなるのよ。スーパーで見たお肉やお魚がおいしそうなのに家で見ると普通っていうのと同じ現象かしらね。食材はおいしくいただけるから良いけど本はダメよ。自分に消化できない本なんてただの紙の束だもの。別につまらない本がたくさん存在するわけじゃないのよ。私に読み解くことができないだけで、他の人には有益な本だったりもするの。私もどんな本でも楽しく読めるようになりたいわ。

前置きが長くなったわね。この本は73歳の新人スパイ、ルーキーが主人公のお話よ。ちなみにルーキーはコードネームよ。スパイの両親の下に生を受け孤児になった後は当局に引き取られ15人いた中で14番目にかしこい生徒として少年時代を過ごし、自分にあった仕事がなくて73歳まで清掃員として働き温存されてきたスパイだと。あー自分がスパイだと思い込んじゃってるタイプかな・・・と考えたけどスパイとしての協力者もいるから主人公の思い込みではないみたい。73歳という年齢を考えると50年以上は清掃員として働いてるわけじゃない?自分がスパイだなんて忘れてしまいそうだけどね。私なら忘れるわ。日々の雑務に追われていると自分が何なのかわからなくなるもの。我に返って問いかけるのよ。私は奴隷なの?女中なの?母親なの?ってさ。私の見立てではこの主人公はスパイや殺し屋よりも清掃員の方が向いてると思うわ。たとえ本意でなくとも50年も続けていれば間違いなくプロよ。

私の勝手な感想だけど、このまま少子化を放置して外国人労働者や移民を受け入れ続けた日本の未来が、この物語の中の舞台の二ホーンかなと思ったわ。中国人の市長がいたり飲食店がイスラム料理店やインド料理店と異国情緒あふれていたり警察官が外国人だったり、わかりやすく国際色が豊かになっているわ。そして失業率が80%!こっわ!ホームレスが増えて治安悪化、市は財政破綻。こわ過ぎる未来予想図ね。それを絶対にありえないよと笑い飛ばせないのが一番の恐怖かもしれないわね。

主人公は市の独立を推し進めようとする市長の暗殺を初任務で命じられるんだけど、市長と友達になってしまうのよ。うーん・・・羨ましいわね、すぐに友達ができる人って。そしてこの市長がとても良い奴なのよ。友情と命令の間の葛藤で悩む場面が辛いわね。暴動?内戦?で命からがら逃げるシーンもあるし、人も死ぬわ。一応ね。でも暗くおどろおどろしい感じがまったくないの。主人公のすっとぼけた語り口のせいかしらね。ダンスを好きというくらいで特別な能力もない普通のおじいさんなんじゃないかな。年相応に疲れやすいみたいだし体にガタもきてそう。いい具合に耄碌してます感があるわ。73歳の人と深く接したことがないからよくわからないけどね。うまく言えないけど、この国の暗い未来を明るく茶化すとこうなりますって感じかも。73歳の新人スパイ!?なんて驚く事じゃないのよ。私たちが70代になるころには生きるために働き続ける高齢者がたくさんいるんじゃないかしらね。先日はうちの職場にも80代の求職者が申し込んできたわよ。入居者じゃないの?と疑ってしまったわ。次にくる事務員は70歳らしいわ。年をとったら引退してのんびりするなんて幻想になりつつあるってことよ。

こう書くと暗い嫌な話じゃないかって思われそうだけど、いい感じにぶっとんでて暗くなる間なんてないのよ。表紙のかわいらしいリスが何を象徴してるのかと思えば彼は本当の登場人物なのよ。いつも何かしらムシャムシャ食べて酒を飲み、太ってると言われると「侮辱するな」と怒る巨大なリス、通称キョリス・・・しかも彼はしゃべるのよ。私はリスにかわいくて(痩せてれば)俊敏で貪欲なイメージがあるから、巨大化したリスってこんな感じねってイメージよ。キョリスは幻想でもなんでもなく最後まで存在し続けるわ。使命や夢や理想を追い求めて葛藤する人間たちと比べて彼の幸せそうなこと。あれこれ思い悩むのって無駄でバカバカしいことなのでは?今生きてるならそれでいいじゃないと思えてくるわ。かれの存在がこの物語をおもしろいフィクションにしてくれているのよ。彼がいなかったら風刺的な色味が強くなって純粋に楽しめなそうだもの。

最後はハッピーエンドじゃないかしら。主人公の長年の夢は叶わなかったけど楽しくは暮らせてる。みんな何かあわないなって仕事を我慢してたのが、それを失うことにより自分にとって良い方へ変わっていくのよ。私は変化が苦手なの。良い変化でも悪い変化でも自分のルーティンを崩されることが大嫌いよ。慣れるのに時間がかかるのと疲れるからっていうのが理由なんだけど・・・でも変化を受け入れなければ変わらずにいられるわけではないのよね。ただ取り残されるだけなのよ。悪い変化を拒むのは良いことよ。でも良いとわかってる方へも変わらず固執し続けるのは偏屈なだけね。自分を見失わないこととは別だわ。登場人物たちのクライマックスを見て、自分を省みることができたわ。とてもおもしろいからおススメよ。ぜひ読んでみてちょうだいね。

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